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東京高等裁判所 昭和56年(う)703号 判決 1982年5月20日

主文

本件各控訴を棄却する。

被告人石丸修三、同日向均、同根本信一に対し、当審における未決勾留日数中各三〇〇日を、それぞれその原判決の刑に算入する。

当審における訴訟費用は全部被告人山屋隆一の負担とする。

理由

<省略>

控訴趣意第二点について

所論は、要するに、被告人山屋について、兇器準備集合、現住建造物等放火未遂、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反の各教唆罪の成立を肯認し、これに刑法六一条一項を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがあるというのである。

ところで、所論は、右の点に関して、永井利夫の原審証言は措信し難い旨主張するとともに、その証言の信憑性を認めた原判決の説示を種々論難しているが、永井の原審証言は、自己の体験した事実を卒直に供述した場合に認められる具体性を有し、その内容に所論がいうように殊更自己の責任を他に転嫁しようとした不自然な箇所はなく、詳細綿密な反対尋問にもかかわらず、その大綱に動揺の跡を窺うことができないばかりでなく、本件が永井の所属する社青同解放派の組織的犯行であること及び同人がその組織関係者に指示されて本件犯行に加担したことについてはともに疑いをさし挾む余地がないところ、同人が被告人山屋以外の組織関係者に教唆されたのにこれを秘匿し、被告人山屋にその責任を転嫁しようとしていると疑うべき根拠の全く存しないことに徴すると、永井の原審証言は十分信用に値するのであつて、これと相容れない被告人山屋の原審公判廷における供述は、原判決が指摘しているようにたやすく信用することができないし、当審における事実取調の結果も、永井の右証言の信憑性に疑問を生じさせるに足りるものではない。

そして、永井の原審証言によると、被告人山屋が、昭和五三年八月上旬頃、千葉県市原市君塚七七七番地所在の河辺憲治方において、永井に対し「今度空港関係施設のゲリラ戦がある。集会が九月一七日にあるので、その近くでやるから参加してくれないか。休暇を取つておくように。」などと申し向け、更に同年八月下旬頃、右河辺方において、永井に対し、「小屋に一四日の夜か一五日の朝までに行くように。」などと申し向けたとの原判決の認定はこれを肯認することができる。

ところで、所論は、被告人山屋が永井に対して右の如く申し向けたとしても、これをもつて被告人山屋が特定の犯罪行為を教唆したとはいえない旨主張しているので、考察するのに、教唆とは、被教唆者をして特定の犯罪を実行する決意を生ぜしめる行為であるから、正犯者のなすべき犯罪が特定していなければならないことは所論のいうとおりであるが、教唆に当たつて被教唆者に対し犯罪の日時、場所、客体、方法等について具体的に指示する必要はないのであつて、永井の原審証言等に徴すると、同人は、被告人山屋から前記のように申し向けられた際同被告人のいう「空港関係施設」とは、新東京国際空港に航空燃料等を輸送するパイプラインや鉄道、空港の直接の施設、レーダー関係等の無線施設等を意味するものとして、「ゲリラ戦」については、一般的には火炎びんを使用しての施設に対する攻撃のほか、右各施設の相違に応じて道路や鉄道の往来妨害、火炎車による施設等への突入、各種の施設や設備等の損壊をも含むものとして、「小屋」については、社青同解放派の三里塚現地での拠点ともいうべき大清水団結小屋を指すものとして、それぞれ認識していたことが認められるし、被告人山屋も右の点につき永井と同様の認識を有していたものと認められるから、被告人山屋は、永井に対して前記の如く申し向けることによつて、同人に対し、前記諸施設に対して昭和五三年九月一七日ころ行われる予定の兇器準備集合、放火、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反等の犯罪の遂行を含むいわゆるゲリラ戦に参加するよう慫慂したというほかなく、従つて、被告人山屋の永井に対する前記言辞自体によつて本犯のなすべき犯罪行為は教唆犯の成立に必要な程度に特定されていたといえるのであつて、永井が被告人山屋の指示に従い昭和五三年九月一四日前記大清水団結小屋に赴き、翌一五日の午後同所で被告人根本から本件犯行計画についての指示、説明を受けて初めて実行すべき犯行の対象、方法及び実行の日等を具体的に知つた事実は、右の判断に何ら影響を及ぼすものではない。従つて、原判決が被告人山屋の前記言辞自体によつては本犯のなすべき犯罪行為が特定されていないかの如く説示している点は首肯し難いけれども、原判決も結局本犯のなすべき犯罪行為の特定に欠けるところはないとして教唆の成立を認めているのであるから、その判断の結論に誤りは存しない。

なお、所論は、永井は昭和五三年九月一五日の午後大清水団結小屋で特定した犯罪を実行する決意を生じたのであつて、山屋発言と永井の犯行との間に因果関係を認めることはできない旨主張しているが、永井の原審証言によると、同人は、昭和五三年八月上旬頃、被告人山屋から前記のように申し向けられるや、兇器準備集合、放火、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反などの犯罪の遂行を含むいわゆるゲリラ戦に加わることを決意して「やりましよう。」と答え、その意思を明らかにしているのであつて、被告人山屋の前記言辞と永井の本件犯行の決意及びその決意に基づく実行との間に因果関係が存する旨原判決が認定説示しているところに誤りは存しない。また、所論は、原判決が右の判断を示すに当たつて説示しているところが曖昧であると論難しているが、所論が問題にしている箇所は、原判決が、右の認定と相反するような格別の証拠は存しないとしたうえ、永井が以前にも新東京国際空港建設反対闘争の一環として行われた道路封鎖事件に参加し、要請があればかかる実力闘争に参加する意思を有していた旨供述していること及び同人が前記のように九月一五日の午後、大清水団結小屋で、被告人根本から本件犯行についての指示、説明を受けて具体的にその内容を認識したことは、いずれも右認定と相容れないものではないとの判断を示したものとして、その趣旨は明らかであり、その判断するところに誤りは存しない。

以上を要するに、被告人山屋について兇器準備集合、現住建造物等放火未遂、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反の各教唆の罪の成立を認め、これに刑法六一条一項を適用した原判決に所論のいうような事実の誤認及び法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。<以下、省略>

(四ツ谷巌 阿蘇成人 高橋省吾)

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